ブックレビュー(3)『翻訳できない世界のことば』ー言葉と世界のつながりに、心が温かくなる
私たちは、コミュニケーション手段の一つとして言葉を用いる。しかし、時に言いようのない気持ちになったことはないだろうか。本書を手に取れば、そんな言葉にするのが難しい感情を表現する、ぴったりの言葉が見つかるかもしれない。
本書では、著者エラ・フランシス・サンダースによるあたたかみのあるイラストとともに、世界中の「翻訳できないことば」が紹介されている。
ここでいう「翻訳できない」とはどういうことか。これは、その国独自のニュアンスを持ち、他の国の言葉ではうまく表現できない言葉のことを指している。
数多くの言葉の中から、お気に入りのものをいくつか紹介しよう。
まずひとつめ。
HIRAETH (hiraeth|ヒラエス)
帰ることができない場所への郷愁と哀切の気持ち。過去に失った場所や、永遠に存在しない場所に対しても。
hiraethは、せつない哀切の気持ちであると同時に、すぎ去った過去のウェールズへの、悲しみと郷愁に美しく彩られた追憶でもあります。(WELSH ウェールズ語 名詞)(p. 28, 29)
あの時に戻れたら。あの場所でもう一度やり直せたら。おそらく誰しも一度は感じたことがある、少し切ないあの気持ち。
続いてふたつめ。
FORELSKET (forelsket|フォレルスケット)
語れないほど幸福な恋におちている。
あなたはまだ経験したことがない?それとも、もう何度も味わった?どちらにしても、すてきなことです。そして、forelsketは、なんでも思ったことを率直に伝えることから、一番起こりやすくなります。
(NORWEGIAN ノルウェー語 形容詞)(p. 86, 87)
溢れんばかりの幸せな感情が伝わってくる言葉。心の奥底から湧き上がってくるような、満ち足りた気持ちだろうか。
そして最後。
TSUNDOKU (積ん読|ツンドク)
積ん読。買ってきた本をほかのまだ読んでいない本といっしょに、読まずに積んでおくこと。
積読のスケールは、1冊だけのこともあれば、大量の読まない蔵書になっていることもあります。玄関を出るまでに、ページを開いたことのない『大いなる遺産』の本にいつもつまずいてしまう、知的に見えるあなた。その本、日の目を見る価値があると思いますよ。
(JAPANESE 日本語 名詞)(p. 90, 91)
言わずと知れた、本好きなら誰もが経験するだろう、積ん読。この言葉と出会った時の作者の驚きを想像すると思わず笑みがこぼれそうになる。
ここで紹介しきれなかった素敵な言葉が、本書には沢山詰まっている。著者は、本書が忘れかけていた何かを思い出したり、今まではっきりと表現したことのなかった考えや感情に言葉を与えたりする存在でありたいと願っている。私たちがこれまで気にも留めなかった感情や風景、そして大切な誰かへの気持ちに名前をつけるような表現が見つかったとき、言葉を通じてこれまでよりもいっそう世界とのつながりを感じ、また著者が感じたそのみずみずしい喜びを共有し、心が温かくなるに違いない。